わたし、定時で帰ります

現在放映中のドラマ◇わたし、定時で帰ります。◇長時間労働などパワハラから、現代の労働問題をリアルに表現していると話題になっています。その中で親の長時間労働は、子どもの健康にも悪影響を及ぼすことが、あらゆる研究から分かってきました。実際にどのような影響が指摘されているのでしょうか。労働者とその子どもの健康の社会格差をテーマに研究を続ける北里大学の可知悠子講師が解説してます。

わたし、定時で帰ります。見る前は、吉高由里子さんが演じるゆとり世代の主人公が、自分の権利ばかりを主張して「定時で帰る」話かと思っていました。実際には、“仕事命”の皆勤賞社員や育休から復帰し戦力外通告を恐れるワーキングマザー、すぐに「辞める」と言い出す新入社員など、多様な立場の人物が登場し、彼らの価値観を尊重しながら、自分も大切にして「仕事を効率的にこなし、定時に帰る」を貫く主人公の姿が描かれています。

現実にはこのドラマの主人公が勤める会社のように、◇定時退社◇に理解がある会社ばかりではありません。私がさまざまなデータを分析した印象ですが、定時で帰れず長時間労働している母親の多くは正社員です。厚生労働省の「2017年就業構造基本調査」を元に、私が独自に算出したところ、夫と子どもがいる女性のうち、正社員で働く母親の割合は19%にとどまっています。いまだ少数派だからこそ、育児のための定時退社に理解が得られず、上司や同僚との間にあつれきが生まれることが少なくありません。

さらに少数派の定時退社の父親は、出世コースから外されるなどの“制裁”を受けることがあります。しかし、新しい「令和」の時代が始まったからこそ、働き方改革を次のステージに進めて、親の定時退社への理解が深まってほしいと思います。親の長時間労働は、将来の日本を担う子どもたちの健康を損なうからです。

◇親が長時間労働だと肥満の子どもの割合が高い

親の長時間労働が子どもの健康に及ぼす影響については、近年、欧米で盛んに研究されています。長時間労働が子どもの健康や発達にネガティブな影響を及ぼすならば、労働条件の見直しやワーク・ライフ・バランス施策の充実が必要になると考えられるからです。

これまでの国内外の研究では、親の長時間労働が子どもの肥満や生活習慣、メンタルヘルス、認知機能にネガティブな影響を及ぼすことが報告されています。こうした関連は、乳幼児から高校生まで幅広い年齢でみられていますので、「子どもが大きくなったから長く働いてよい」という話ではないことが分かります。

私が東京都「子供の生活実態調査」(16年)のデータを利用して行った研究でも、母親の週当たりの労働時間が40時間を超えると、小学5年生、中学2年生、16~17歳の子どもで肥満の割合が高くなる傾向がありました。例をいえば、小学5年生の肥満の割合は、親の労働時間が30時間未満の場合8.5%だったのに対し、40~50時間では14.5%でした。

◇特に夜間の労働が問題、父親の関わり方も大切

長時間労働が子どもの健康にネガティブな影響を及ぼすのは、夜間に子どもと過ごす大切な時間が削られるからだと考えられます。そこで、親の帰宅時間や夜間の労働に焦点を当てた研究もあります。

前述の「子供の生活実態調査」を使った研究で、母親が午後8~10時に働いている場合、小学5年生と中学2年生の子どもで肥満の割合が高くなることも分かりました。一方、父親の夜間勤務と子どもの肥満との間に関連は見られませんでした。現状では父親は夜間勤務の有無にかかわらず、一般的に子どもの食事の準備やしつけに母親ほど関わっていないからだと考えられます。

だからといって、父親は早く帰らなくてよいかというと、そうではありません。東京医科歯科大学の木津喜雅(きづき・まさし)講師(現国立精神・神経医療研究センター室長、公衆衛生学)らが東京都足立区の「子どもの健康・生活実態調査」(15年度)のデータを分析した研究では、親の帰宅時間が母親で午後6時以降、父親で午後8時以降の場合、親子の会話など交流が減り、小学1年生の子どもの心理・行動上の問題が多くなることが示されています。

このように、親に長時間労働や夜間勤務がある場合、子どもの食事やケアに割く時間や、親子の交流が減ることで子どもの心身の健康が損なわれます。また、長時間労働や夜間勤務によって親がストレスを抱え、子どもをケアする余裕がなくなり、最悪の場合には子どもへの八つ当たりやネグレクト(育児放棄)につながります。さらに、家で子どもだけで過ごす間におやつを食べすぎたり、テレビやゲームの時間が増えたりして、子どもの健康に悪影響を及ぼしていきます。

◇長時間労働がもたらす「負の外部性」とは

子どもたちの健康を守るためにも、親の長時間労働を改善すべきです。こんなことを言うと「労働者の健康の保護はまだしも、会社がなぜ家族の健康にまで気を配らなければならないのか」という批判が飛んできそうですが、根拠がちゃんとあるのです。

それは、親の長時間労働には経済学でいうところの「負の外部性」があるからです。負の外部性とは、ある企業の経済活動が周囲の人に金銭の補償なく悪影響を及ぼすことで、典型例は公害です。つまり、親の長時間労働は子どもにとって公害のようなものだといえます。

長時間労働の負の外部性は職場にも生じるので、上司や同僚が長時間労働をすることにより、そうした働き方を希望していない労働者も長時間労働せざるを得なくなります。経済学者で大阪大大学院の大竹文雄教授は「こうした負の外部性がある限り、長時間労働を規制する必要がある」と主張しています。

◇働き方改革に子どものウエルビーイングの視点を

今年4月、改正労働基準法をはじめとする「働き方改革関連法」が一部を除いて施行されました。長時間労働の是正については、健康確保の観点から時間外労働の罰則付き上限規制などが導入されましたが、家族と過ごす時間を確保するという観点からは不十分です。「死ななければ良い」、「病気にならなければ良い」ではなく、労働者自身や(家族がいる場合は)その家族のウエルビーイング(well-being=身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること)を目標とした働き方改革が必要ではないでしょうか。人は、仕事のためだけに生きているわけではないからです。

子どものケアで、特に夜間が大切とお伝えしましたが、この点について弁護士の圷(あくつ)由美子さんが面白い提案をしています。

育児や介護に不可欠な時間帯(例えば午後5~10時)を「生活コアタイム」とし、新たな価値を付加して、その時間の賃金を引き上げてはどうかという提案です。生活コアタイムの創設により、家庭責任を持たない人が受けるしわ寄せに賃金が上乗せされ、不公平感が緩和されるといいます。子どもがいる労働者だけを特別扱いせず、全体の働き方を見直し、誰もが働きやすい職場を作ることが大切です。

生活費や子どもの教育費を稼ぐために、長時間働かなければならない方もいるでしょう。さまざまな調査から、一人で家計責任を担っている一人親で長時間労働や夜間・深夜労働が多いことがわかっています。こうしたケースについては、子どもに対する経済的な保障の拡充や教育費の私的負担の軽減が必要ですから、社会全体で支えていく仕組み作りも忘れてはいけません。

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